東京高等裁判所 平成3年(ラ)414号 決定 1993年3月30日
抗告人 柴本恭一朗 外3名
相手方 今勉 外12名
主文
原審判を取り消す。
本件を浦和家庭裁判所川越支部に差し戻す。
理由
一 本件抗告の趣旨は主文と同旨の裁判を求めるものであり、その理由の要旨は、
「(一) 被相続人の遺産である土地は、すべて、被相続人の先代、先々代が荒物等の販売業と農業を経営しながら取得したものであるが、被相続人は、商売に不熱心で右販売業を廃業し、農業にも身をいれず、長男である抗告人恭一朗は、昭和17年4月(当時17歳)から、農業に専従して一家の柱として稼働し、当時相手方春子(12歳)を頭に相手方勝(1歳)まで8人の弟、妹の養育にもあたり、昭和26年4月に抗告人志津乃を妻に迎え、同人は農家の嫁として、一家の世話をした。抗告人恭一朗及び同志津乃は、右のように弟、妹を養育し、家業である農業の維持に貢献し、被相続人の財産を維持してきたものであり、被相続人の遺産がその先代から相続により取得したものであるとのみの理由で、右抗告人らに寄与分を認めなかった原審判は、寄与分制度の趣旨を没却する不当なものである。なお、被相続人の有する財産の価額に生前贈与を加えたものから寄与分を除いたものが被相続人の実質的な遺産であって、これを基礎に遺留分侵害の有無を決すべきである。
(二) 原審判は被相続人名義の預金として、2543万9462円があると認定し、分割に供しているが、右預金は、被相続人の葬祭費として計200万円、譲渡所得税として739万0800円、相続人全員の相続税分として940万1400円、税理士への手数料として166万5500円、相続土地の下水道負担金として66万3230円が引き出され、残高は434万1617円であり、原審判の認定は誤りである。また、原審判が遺産であると認定する原審判目録(建物)記載の建物のうち番号1、3の建物は実在しない。
(三) 原審判によれば、抗告人恭一朗は、総額で約3億6000万円の代償金支払債務を負うことになるが、同抗告人は金銭の支払い可能な額は6000万円が限度であって、それ以上の資金調達能力がないことを主張しており、原審判の命じた方法は実現不可能なものであり、同抗告人が土地を処分すれば、猶予を受けた税金をも支払わねばならず、農家経営は不可能になる。右のような事情を無視した原審判は取り消されるべきであり、正確かつ実情に応じた解決をするため、本件を原審に差し戻すべきである。」というものである。
二 本件記録によれば、次の事実が認められる。
1 被相続人柴本康太朗(昭和63年3月14日死亡。以下「被相続人」という。)の相続人は、長男の抗告人恭一朗、いずれも被相続人の養子で、同恭一朗の妻である抗告人志津乃、同恭一朗の長男である抗告人晋及び二男である抗告人秀樹、いずれも被相続人の子で抗告人恭一朗の兄弟にあたる相手方今勉ら九名(以上の者の法定相続分は各14分の1)並びに被相続人の子である亡宏一の死亡(平成4年3月15日)によりその地位を相続した相手方柴本育代(法定相続分は28分の1)、同柴本嘉郎、同柴本宜恵及び同柴本幹郎(以上の者の法定相続分は各84分の1)である。
2 被相続人の遺産及びその現況は次のとおりである。
(一) 原審判の別紙目録(土地)番号1の土地(以下「1の土地」といい、同目録の他の土地も同様に表示する。)は地目が畑であるが、同地上には亡宏一が所有していた木造平家建店舗・木造二階建居宅があり、同人の相続人である相手方柴本充代とその家族が居住し、クリーニング店として使用している。
(二) 2及び3の土地は原審判の別紙目録(建物)番号1の建物(以下「1の建物」といい、同目録の他の建物も同様に表示する。)の敷地であり、4の土地は地目が宅地で、現況が竹藪であり、5の土地の地目は田であるが、現況は貸駐車場として利用され、8の土地は地目が雑種地であり、駐車場兼資材置場として第三者に賃貸され、いずれも抗告人恭一朗が占有している。6の土地は地目が山林であるが畑として7の土地と一体として利用され、7の土地は抗告人晋所有の木造二階建居宅の敷地として利用されている。1ないし7の土地は、都市計画法上の市街化区域、第一種住居専用地域に定められ、8の土地は市街化調整区域に該当し、農業振興地域の整備に関する法律で定める農業振興地域にあたっている。
(三) 1の建物は抗告人恭一朗が自宅として同志津乃及び同秀樹とともに居住している。
(四) 被相続人の死亡当時、被相続人の○○信用金庫川島支店に対する普通預金口座の残高は2543万9462円であった。その後、抗告人恭一朗は右預金から、前記抗告人ら主張の名目で昭和63年3月15日に100万円、同年4月11日に739万0800円、同月19日に100万円、同年9月7日に940万1400円、同月26日に166万5000円、平成元年6月26日に66万3230円を払い戻し、同日の右普通預金の残高はその間に加算された利息を含め434万1617円であり、同額が右預金に残されている。なお、右預金口座は、昭和62年1月20日に4170万円が預けられて開設され、その後被相続人死亡までの約1年3か月の間に入出金された結果、右2543万9462円の残高になったもので、その理由の詳細は本件記録上明らかではない。
3 被相続人は、かつて9ないし43の土地を所有し、9ないし16の土地は、都市計画法上の市街化区域、第一種住居専用地域に該当し、17ないし43の土地は、市街化調整区域、農業振興地域に指定されているが、いずれも現況が農地であり、抗告人恭一朗が被相続人の農業後継者として耕作し、昭和61年10月31日、被相続人が抗告人恭一朗に右各土地を贈与し(以下この贈与を「本件贈与」といい、9ないし43の土地をまとめて「贈与土地」ということがある。)、昭和62年3月31日受付により右贈与を原因とする所有権移転登記手続がなされた。
相手方今勉ら9名及び亡宏一(以下まとめて「減殺請求者ら」という。)は、抗告人恭一朗に対し平成元年2月3日付け書面により、右贈与につき遺留分減殺請求をし、右書面は同月6日抗告人恭一朗に到達した。
なお、贈与土地には、抗告人恭一朗が負担すべき右贈与にかかる贈与税の納税猶予を受けたため、贈与税額金7856万7200円及び利子税額金1036万9900円の合計金8893万7100円を被担保債務として、昭和62年7月8日設定を原因とする同月9日受付の大蔵省のための抵当権設定登記がなされたが、被相続人の死亡により、右贈与税等が免除されたため昭和63年5月9日解約を原因として同年7月9日付けで右登記の抹消登記がなされ、抗告人恭一朗に賦課される相続税の納税猶予がなされ、被相続人の死亡による相続税額金1517万6000円及び利子税額金1301万5800円の合計金2819万1800円を被担保債務として、平成元年5月25日設定を原因とする同月26日受付の大蔵省のための抵当権設定登記がなされた。
相手方今勉ら兄弟9名の遺留分(抽象的遺留分)は、各28分の1で、亡宏一の地位を承継した相手方充代が56分の1、相手方嘉郎ら3名の子が各168分の1であり、その合計は28分の10である。
4 抗告人恭一朗及び同志津乃は、被相続人の農業後継者として、被相続人の財産の維持・形成に寄与し、被相続人の老後の療養・看護にあたっていたことから、本件遺産につき寄与分がある旨を主張しているところ、被相続人の先代は、荒物等の販売業をしながら農業を営み、被相続人は右販売業をやめて農業を続け、遺産である土地及び1の建物はすべて先代から相続したものであり、抗告人恭一朗は被相続人の後継者として被相続人とともに長年農業に従事し、抗告人志津乃はその妻として同恭一朗に協力し、右抗告人両名はともに被相続人と同居し、その老後の世話をした。
5 相手方らは、遺産の分割方法として、建物が存在する1ないし3の土地、6及び7の土地を現物で取得することを求めず、8の土地も市街化調整区域内にあることからその取得を求めず、1の土地を亡宏一の承継人らが取得し、その余の相手方らが、抗告人らから代償金の支払いを受けること、代償金支払いが不可能であれば、4、5の土地並びに預金の取得及び贈与土地のうち9ないし16の土地を取得することを希望した(ただし、前記大蔵省の抵当権設定登記を抹消することを前提とする。)。他方、抗告人らは、1の土地を亡宏一(その承継人)が取得することは認めたものの、その余の相手方ら9名に対してはすべて代償金債務を負担し、抗告人らが1の土地を除く本件遺産をすべて取得し、贈与土地を抗告人恭一朗が確保することを希望し、代償金を支払う意思を表明していたが、その総額は6000万円の範囲内というものであった。
二 原審判は、抗告人恭一朗及び同志津乃の寄与分の主張について、被相続人が遺産である1ないし8の土地を相続により先代から取得したものであり、右主張を認めるに足る資料はないとし、さらに、被相続人のした本件贈与が遺留分を害することを知ってなされたことを前提に、遺留分減殺による取戻財産及び遺産を総合して分割し、2項に記載の遺産のうち、1の土地を亡宏一に取得させ、その余の2ないし8の土地、1ないし4の建物及び普通預金(相続時の残高による。)を、抗告人らに同一の持分割合で共有取得させ、本件贈与にかかる9ないし43の土地が抗告人恭一朗の所有であることを認めたうえ、それらすべての代償金債務として、抗告人恭一朗に亡宏一(承継人である相手方柴本充代ら)を除く相手方今勉ら9名に対し各3985万0799円(合計3億5865万7191円)を支払う債務を負担させた。右債務額が決められた理由は、遺留分の基礎である財産(1ないし43の土地及び普通預金)の時価が、合計11億1582万2392円(1ないし43の土地の原審における鑑定時である平成3年1月25日当時の更地評価額合計10億9038万2930円に相続時の預金残高2543万9462円を加えたもの。)であるから、その28分の1にあたる3985万0799円を抗告人恭一朗が相手方今勉ら9名に対し支払うのが相当であるというものである。
三 しかしながら、原審の右判断は、是認することができず、分割方法としても適切なものではない。その理由は、以下のとおりである。
1 すなわち、本件における遺留分算定の基礎となる財産は、遺産である
1ないし8の土地及び預貯金(債権)と贈与土地であり、その相続開始時の価額は、原審における鑑定の結果によれば、遺産である1ないし8の土地及び贈与土地の合計が7億8137万8400円と認められ、これに預貯金2543万9462円を加えた合計8億0681万7862円であるから、減殺請求者らの遺留分の合計はその28分の10である2億8814万9236円である。そして、遺産の相続開始時の価額は、1ないし8の土地の合計2億7615万6100円と預貯金2543万9462円を加えた合計3億0159万5562円であるから、減殺請求者らの具体的相続分の合計額はその14分の10にあたる2億1542万5401円であり、したがって、減殺請求者らが侵害された遺留分の合計額は、2億8814万9236円から右額である2億1542万5401円を控除した7272万3835円となるものというべきである。原審における鑑定の結果によれば、贈与土地の相続開始時の価格の合計は5億0522万2300円であるから、減殺請求者らの減殺請求により本件贈与(同時になされたと認められる。)が効力を失うのは、その14.39パーセント(7272万3835円を5億0522万2300円で除した割合)であり、抗告人恭一朗はその限度で贈与土地の所有権を失い、右割合による持分が減殺請求者らに帰属し、抗告人恭一朗と減殺請求者らとの間で贈与土地を右の割合で共有することになるものと認められる。なお、贈与土地につき減殺請求当時には前記贈与税支払いのための抵当権設定登記が抹消されており、その当時贈与土地が処分されていたということはできず、また、抗告人恭一朗が提供を申し出ていたのは6000万円以内の金員であり、民法1041条1項による価額弁償を請求したということもできない。
右のとおり、減殺請求者らのした遺留分減殺の結果、贈与土地は減殺請求者らと抗告人恭一朗との共有となったものであるところ、その性質は物権法上の共有と解すべきであり、右共有関係を解消するためにとるべき裁判手続は遺産分割審判ではなく、共有物分割訴訟であるというべきであるから(東京高裁平成4年9月29日判決・判例時報1440号75頁)、贈与土地についての共有関係の解消と本件遺産の分割と併せて行うことは、関係当事者の全員がこのような方法をとることにつき同意した場合は格別、そうでない限り、許されないものと解すべきである。本件において、抗告人恭一朗は、農業後継者として被相続人の財産維持に寄与したので本件贈与を受けたと主張し、右減殺請求の効力ないしは遺留分侵害の有無を争っており、相手方らが本件手続において遺留分の点を含めて解決したいとの意向であることは窺えるとしても、抗告人らが本件手続において遺産の分割と遺留分減殺請求の効力ないしは贈与土地の共有関係の解消とを一括して解決する意思を示した形跡はなく、当審の審理においても当事者間でその旨の合意ができないから、本件遺産の分割と贈与土地の共有分割をあわせて行った原審判は、相当ということはできない。
2 なお、原審のごとく、前記贈与土地の共有関係の解消と本件遺産の分割と併せて行い、遺留分減殺による贈与土地についての減殺請求者らの持分をも抗告人恭一朗に帰属させ、同人に代償金債務を負担させる方法をとり、遺産の範囲が原審判認定のとおりであったとしても、原審における鑑定の結果によれば、分割時の1ないし8の土地の価格が合計3億8567万2530円であり、原審判のように相続時の預貯金残高を加えると遺産の分割時の価額は合計4億1111万1992円であり、その14分の1は2936万5142円であり、また、贈与土地の分割時の価格合計は7億0471万0400円であるから、その14.39パ一セントに当たる1億0140万7826円が遺留分減殺による贈与土地についての減殺請求者らの持分の価格(減殺請求者1人分が1014万0782円)に相当する金額である。そうすると、本件遺産の分割方法として亡宏一に1の土地を与えることが当事者間で分割方法として合意されたとまで認められないから、審判による分割として亡宏一に1の土地を与え、その余の相手方ら9名に代償金を取得させるとすれば、1の土地の分割時の価格が8571万5000円であるから、亡宏一は、右額と具体的取得分との差額5634万9858円を遺産及び贈与の現物を取得しない亡宏一以外の相手方ら9名に対し代償金債務として負担すべきであり、他方、亡宏一は抗告人恭一朗に対し遺留分減殺による贈与土地についての減殺請求者らの持分の価格に相当する1014万0782円を請求することができるものというべきである。また、抗告人恭一朗、同志津乃、同晋及び同秀樹は、2ないし8の土地(分割時価格が合計2億9995万7530円)の持分各4分の1を取得するから、その価格は各7498万9382円であり、それぞれ右額と具体的取得分との差額を現物を取得しない相手方今勉ら9名に対し代償金債務として負担すべきである。また、相手方今勉ら9名が抗告人恭一朗に対し、亡宏一と同様に遺留分減殺による贈与土地についての持分の価格に相当する右金員を請求することができることになる筋合いである。原審判は、右のような方法を採用しながら、何らの理由を付することなく、右と全く異なる分割を命じているが、原審判には理由不備の違法があるものというべきである。
3 さらに、原審判は、前記預貯金を相続時の預貯金額で評価して遺産分割の対象とするが、当事者間でその旨の合意があったとは認められず、遺産分割の対象にできないものを対象に加え、また、分割において1の建物を取得するとした者に与える利益を全く考慮していないが、1の建物が無価値であるとまでいうことはできないから、この点においても原審判は相当ということはできない。
また、遺産の分割方法の選択においては、遺産である土地の取得を望む抗告人志津乃、同晋及び同秀樹並びに亡宏一承継人である相手方充代らの代償金債務の負担能力をも考慮し、適切かつ実現可能な方法を選択すべきであって、右の者らが前記のとおり遺産の土地上の建物に居住すること、したがって、建物所有者である相続人が遺産であるその敷地を取得できないときは、右土地を更地として評価することは適切な評価方法とはいえず、他方で亡宏一や抗告人晋が自宅建物を建築した経緯の如何によっては、その敷地の無償使用による被相続人からの利益の付与が生計の資本としての贈与にあたり、特別受益にあたると解される余地もあること、以上の諸点を考慮すれば、原審判が、遺産である土地に関して更地としての鑑定評価だけを行い、これに基づいて分割を実行し、右土地の利用の実態に即した解決をしなかったことも相当ということはできない。
4 さらに、本件遺産の分割、寄与分の判断において、抗告人恭一朗が農業後継者として被相続人とともに農業にあたり、同居して生活をともにし、本件贈与を受けたことから、被相続人が本件贈与に関し民法903条3項所定の持戻免除の意思表示をしたといえるのか、これとの関係で抗告人恭一朗に被相続人の財産維持に関し寄与分があるといえるのか(前記の具体的取得分の判断は、一応、持戻免除の意思表示があり、寄与分を認めないことを前提にした。)につき審理・判断が必要であり、また、抗告人恭一朗及び同志津乃の寄与分の有無については、同人らがした被相続人の扶養や療養・看護の実情に基づき、これを理由とする寄与分を認めることができるか否かについても判断すべきところ、被相続人と抗告人恭一朗らとの共同生活の実情や本件贈与の経緯、被相続人の療養・看護の実情に関する抗告人らの主張の当否につきなお審理が必要というべきである。
三 よって、原審判は相当ということができないからこれを取り消し、前記のような本件事案の内容に鑑み、さらに審理することが必要であるから、本件を原審裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 柴田保幸 裁判官 長野益三 犬飼眞二)